はじめに
この記事が「包装技術」に掲載される頃には,欧州委員会が昨年11月に提案した包装・包装廃棄物指令(PPWD:2018/852指令)の改訂案が,11月に開催される欧州議会の本会議に上程され,新たに包装・包装廃棄物法令(PPWR)として可決されているだろう。その後,欧州理事会での承認を経て,その実施に向けて具体的な規制内容や罰則など,細目の詰めの作業が開始される予定だ。
PPWRの概要については,連載初回の「包装技術」4月号に投稿しているので,これを参照していただきたい。本稿ではPPWRの意義と包装業界に与えるインパクトにフォーカスする。
PPWRの意義
EUはプラスチック廃棄物の規制について常に世界の最先端を行き,既に様々な規制を行ってきた。しかし,実際には加盟各国の国内法で独自の規制がバラバラに行われ,ルールが細分化し,決して有効に機能しているわけではない。パッケージの素材別のリサイクル率が高いドイツなどの加盟国と,後れを取っている加盟国の間では大きなギャップがある。また,EUのプラスチック包装のリサイクル率は,2025年の目標50%に対し,2022年時点で38%に留まっており,その達成はほぼ絶望的だ(図1)。
また,欧州環境庁(EEA)からグリーンディールの持続可能性目標として掲げられている都市固形廃棄物と包装廃棄物のリサイクル目標の少なくともどちらかが達成できない可能性があると指摘された加盟国は,27ヵ国中18ヵ国にのぼる。事態は深刻で,EU委員会は,これらの国々に警告を発すると同時に,EUは目標達成のための技術導入や金銭面の支援を表明した*。
EU創設の理念の一つは「Single Market」(単一市場)の形成であるが,現実には,この実現はかなり厳しい。現状に危機感を持ったEU委員会は,立法化や法執行が各国の裁量に委ねられている現在の「指令」(PPWD)ではなく,各国の国内法を超えて適用する「法令」(PPWR)に格上げして,統合されたルールのもとに欧州グリーンディールの実現を目指すこととした(筆者は「包装技術」2023年4月号で「加盟各国の立法府で可決されれば」と書いたが,これは誤りであった。この場をお借りしてお詫び,訂正します)。
即ち,PPWRが成立すれば,加盟国の国内法を超えて,EU全加盟国の企業や,EUに包装製品を輸出販売する域外企業に直接適用される強力なルールになる。特にプラスチックは他の素材に比べ圧倒的に使用量が大きいにも関わらず,目標達成に向けた進捗は遅々としている。EU委員会はさらに厳しいルールのもとに法遵守を求めていく方針だ。昨年11月に改訂案が公表されて以降,3千件以上のパブリックコメントがEU委員会に寄せられたという。欧州のパッケージング業界がその影響の深刻さに直面し,賛否両論,様々な意見が交わされ,ロビー活動が活発に行われている。今後のスケジュールは,10月24日に欧州議会の環境委員会(ENVI)でPPWR修正案が賛成多数(賛成56票,反対23票,棄権5票)で可決されたことを受け,11月20日から開催される欧州議会議員の全員参加による本会議で審議,採決される予定だ。可決されれば欧州理事会の承認を得て,2025年には実効化される。
PPWRのインパクト
PPWRは,EU全加盟国とEU域外からEU市場に包装製品を輸出,販売する全ての国の企業に法令遵守を求めている。2018年に日EU経済連携協定(EPA)が締結され,関税の大幅削減により貿易や投資など経済活動の強化が期待される中,日本としても,この新たな課題に早期に取り組んでいくことが求められる。
PPWRの多くの規制の中でも,特に以下の4点は,包装製品のEUへの輸出販売や現地生産を行っている日本企業にとっては大きな負担となる。
- 1.拡大生産者責任(EPR)
EU市場に包装製品を投入,販売する企業は,EU委員会とEUが定める廃棄物管理システムに登録,報告する義務がある。使用済みパッケージの回収,選別,再生費用や消費者啓発のための費用を支払い,EUの環境負荷削減に貢献することが求められる。 - 2.資源廃棄物の回収(Collection)
EUが定める回収業者と契約して,使用済みパッケージを回収する義務がある。 - 3.資源廃棄物の選別(Sorting)と精製(Purification)
EUが定める選別業者と契約して,使用済みパッケージを素材別に選別し,純度を高める義務がある。 - 4.包装廃棄物の再生(Recycling)
EUが定める再生業者と契約して,使用済みパッケージを再生し,資源循環する義務がある。
これらの義務は,EUの包装廃棄物の排出量(output)と回収・再生量(input)を整合させ,資源廃棄物排出を削減し,PPWRを効果的に執行するために欠かせないもので,既にこの仕組みを2019年から適用して効果を挙げているドイツ包装法に準拠したものになると考えられる。
さいごに-PPWRが直面する課題
EUに寄せられたパブリックコメントの一部を紹介する。
- ・相対的に安価な化石由来のバージンプラスチックは,リサイクルの推進を妨げ,リサイクル工場の稼働率を低下させる。リサイクル業者は再生プラスチックの在庫の山に囲まれ,エネルギーコストと輸送コストの上昇により,EUのリサイクル産業が立ちいかなくなるリスクを抱えている。
- ・深刻なのは,プラスチック加工業界の一部にある再生材料使用を拒否する傾向だ。彼らは安価なバージン材料に依存し,リサイクルや資源循環の重要性を無視している。
- ・企業はバージン材料から再生材料への切り替えが,環境面でも,経済性の点においても理に適っていることを理解すべきだ。短期的な経済的利益に焦点を当てるのではなく,環境への長期的な取り組みを優先すべきだ。
- ・プラスチック包装のバリューチェーンのすべてのプレーヤーがより緊密な協力を行い,気候変動を抑制し,持続可能な事業モデルにシフトする必要がある。
参考文献
*EUの“Waste Framework Directive”とPPWDの2025年のリサイクル目標
- ・都市固形廃棄物の55%がリサイクルあるいは再利用されていること
- ・包装廃棄物全体の65%がリサイクルされていること
- ・包装廃棄物の素材別では,紙・板紙:75%,ガラス瓶:70%,スチール缶:70%,アルミ缶:50%,プラスチック包装容器:50%がリサイクルされていること
https://www.eea.europa.eu/en/newsroom/news/many-eu-member-states